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木枯らし一号早も吹きたり [俳句]

本日は、昨日の雨とは打って変わって晴天でした。しかも『木枯らし一号』が吹きました。
昨日一日で相当量の雨が降ったので水が地面深くまで吸い込まれていると思いきや、強い風が吹くと地面は乾き始めて砂埃まで舞い上がっていました。強い雨というのは意外に地面の中にはしみ込んで行かないのだと知った午後でした。

木枯らし一号 (2).JPG



木枯らしの早一号や目に痛し 粋田化石



木枯らし一号 (3).JPG木枯らし一号 (1).JPG
【 凩 こがらし 】  木枯(こがらし) (季冬)
初冬に吹く北西寄りの強い風。木を枯らすほど吹きすさぶことからこう呼ばれる。烈しく吹いて冬の到来を告げる。↓北風 (角川合本俳句歳時記第四版)

こがらし‐いちごう【木枯らし一号】‐イチガウ
晩秋から初冬、気圧配置が冬型になって初めて吹いた木枯らしをいう。(大辞泉第二版)








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つなこさんから秋の句が届きました10月26日 [俳句]

つなこさんから秋の句が届きました

秋晴れ.jpg



秋晴れに昨日の事は忘れ去り つなこ



嫌なことは忘れて前向きに生きられそうな本当に清々しい日でした。
秋の空には人の気持ちを穏やかにする効果があるのですね。
龍田姫様、どうか明日も秋晴れを届けてください。

秋晴れの写真は数年前に撮影したものです。
金子みすゞさんの故郷である仙崎(せんざき)から三隅(みすみ)方面を撮影しました。トンビも二羽舞っています。

【 秋晴 あきばれ 】  秋日和(あきびより)  菊日和(きくびより) (季秋)
秋空が澄んで高々と晴れ渡ること。「秋日和」は眩しい日ざしのなか、穏やかに過ぎていく一日を感じさせる。「菊日和」は菊の花が盛りのころの日和。菊花展が催され、さまざまな式典も多い。




猫パンチ (1).JPG猫パンチ (2).JPG



秋澄むや石火のパンチ放つ猫 粋田化石


猫パンチ (3).JPG猫パンチ (4).JPG


時々ここに登場してくれる白猫(元♂)が何やら真剣な表情をしていました。近づいてみると青大将と睨み合い猫パンチを繰り出しています。青大将も口を180度開いて相手を威嚇しながら攻撃をしています。しかし、青大将は体の所々の鱗が剥げ形勢は猫の方が有利に見えました。そろそろ青大将に助太刀をしようかと思っていたら、青大将は自動車の下に逃げ出すことに成功しそこで闘いは終了しました。

【 秋澄む あきすむ 】 (季秋)
秋になって大気が澄みきること。大陸から乾燥した冷たく新鮮な空気が流れ込むため、ものみな美しく見え、鳥の声、物音もよく響くように感じられる。(角川合本俳句歳時記第四版)

せっ‐か【石火】セキクワ
火打ち石を打って出す火。きわめてわずかの時間、はかないこと、すばやい動作などのたとえに用いる。「電光―」
「兄の事や沙金(しゃきん)の事を、一度に―のごとく、思い浮かべた」〈芥川・偸盗〉
(大辞泉第二版)






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つなこさんから句が届きました [俳句]

実はにつなこさんから俳句が届いていました。
この句が届いたのが10月18日。秋晴れになったらこの句を記事にしようと思っていました。ところがなかなか秋晴れにはならず先週末は台風まで来てしまいました。

青空と飛行機.jpg
画像はフリー素材です



次々に飛行機現る秋の空 つなこ



つなこさんの暮らしている所は飛行機の通り道なのでしょうか。
青く澄んだ空の中に次々と姿を見せる飛行機。素敵ですね。少年のころ飛行機が来ると空を見上げていたのを思い出します。
粋田化石は今でも飛行機雲が大好きで見つけると暫し空を見上げています。でも、秋になり空気が乾燥してくると飛行機雲ができにくいのでちょっと残念です。

【 秋の空 あきのそら 】 秋空  秋天(しうてん) (季秋)
澄みきった秋空をいう。秋は長雨に見舞われることもある一方、からりとした晴天に恵まれることも多い。台風の去った後などは、眩しいほどの青空が広がる。(角川合本俳句歳時記第四版)





昨日の朝、台風が過ぎた後に僅かの時間だけ日が差してきて虹を見せてくれました。私は丁度交差点で信号待ちをしていたので写真に収めることが出来ました。
野分(のわき)は秋の季語で、虹は夏の季語です。

七色の光.JPG



空繋ぐ光七色野分後 粋田化石



【 野分 のわき 】 野わけ 野分だつ  野分後(のわきあと) 夕野分 野分雲 野分晴 (季秋)
秋の暴風のことで、野の草を吹き分けるほどの風の意。特に二百十日・二百二十日前後には猛烈な暴風が襲ってくることが多い。野分のあとは、草がなぎ倒されたり庭にものが飛び散ったりと荒々しい景を呈するが、古来それもまた風情あるものとして受けとめてきた。夜のうちに野分が去ったときなど、ことさら朝の晴ればれとした気分を感じさせる。(角川合本俳句歳時記第四版)



実は粋田化石の生息地でも飛行機はよく見かけます。
台風一過の昨晩は久しぶりに星と美しい月を見ました。空を見上げていると、成田へ向かうと思しき飛行機の点滅灯が月齢2.3日の三日月の上を丁度横切って行きました。

三日月.jpg
画像はフリー素材です



飛行機を避けて三日月高度下げ 粋田化石



【 月 つき 】  初月(はつづき)  二日月(ふつかづき)  三日月(みかづき)  新月(しんげつ)  弦月(げんげつ) 上弦の月 下弦の月 夕月 宵月 夕月夜  有明月(ありあけづき)  遅月(おそづき)  月白(つきしろ) 月夜 月の出 月光  月明(げつめい) 月影   (季秋)
月は四季それぞれの趣があるが、そのさやけさは秋にきわまるので、単に月といえば秋の月をさす。初月は旧暦八月初めのころの月。二日月は八月二日の月、三日月は同三日の月。新月は天文学では 朔さく の月をいうが、実際には見えないので俳句では三日月のこともいう。夕月夜は、新月から七、八日ごろまでの上弦の宵月の夜のことで、夕方出た月は夜にはもう沈んでしまう。この月を夕月という。月白は月が出ようとして空がほの明るくなること。月はいわゆる雪月花の一つで、古来大いに詩歌に詠まれ、物語の背景を支えてきた。↓春の月(春) ・ 夏の月(夏) ・ 冬の月(冬) (角川合本俳句歳時記第四版)






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長門路は今日も雨だった 其の参 [日記]

10月13日
朝食の時に窓から外を見ると道は濡れていませんでした。それでも空は厚い雲に覆われています。
雨が降っていないのならばと、この日は秋吉台へ行くことに決定。。
ゆっくりと朝食を取りオートバイで秋吉台へ向かいました。
暫く走ると、ぱらぱらと小雨が降ってきます。秋吉台までは小雨が降ったり止んだりでしたが、粋田化石化石のオートバイは首から下には風が当たらない設計になっているので、小雨だと殆ど体が濡れることはありません。ですから、レインコートを着ずに秋吉台まで行きました。


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今更説明するまでもありませんが、秋吉台は日本最大級のカルスト台地です。

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秋吉台の何処へ行ったら石灰岩が露出しているカルスト台地を見ることが出来るのでしょうか。一人で出かけるときは殆ど予習などしないので、まったく見当もつきません。そこで、カルスト展望台へ行ってみることにしました。

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実際にカルスト展望台に行ってみましたが、見渡す限りの草原は見えますが石灰岩がごろごろと露出した景色は見えません。草の丈が伸びて岩を覆い隠してしまっているのでしょうか。ちょっと残念でした。それでも展望台からすぐ下を見る露出した岩たちが見えたので少しだけ納得しました。

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秋吉台寄り添う岩の冷まじき 粋田化石




続いて秋芳洞に行きました。
秋芳洞には、「正面入り口」、カルスト展望台に近い「エレベーター入り口」、「黒谷入り口」の三か所の入り口があります。私は正面入り口から入ることにしました。付近にある有料駐車場にオートバイを入れると「オートバイは只です。」、「今日はすいているので好きなところに止めて構いません。」とのことでした。なるほど、広い駐車場には四輪車も二輪車も私の他には一台もありませんでした。

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駐車場から少し歩いて土産物屋が並ぶ細い通りを抜けると秋芳洞正面入り口です。 145_10月13日秋芳洞 (8).JPG



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秋芳洞内部の気温は19℃。年間を通してこの温度だそうです。

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実は秋吉台と秋芳洞には二十五年ほど前に団体旅行で連れてこられたことがあります。しかし、『百枚皿』という見どころ以外全く記憶に残っていません。したがって、新鮮な気持ちで往復約一時間の神秘的な空間の旅を満喫しました。

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秋芳洞石の聖母のそぞろ寒 粋田化石



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秋芳洞廻りてくれば肌寒し 粋田化石



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次に萩にある世界遺産『萩反射炉』を見に行きました。

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萩反射炉は萩藩が海防強化の一環として鉄製大砲を鋳造するために1856(安政3)年に試作的築造した金属溶解炉です。金属溶解炉の部分は現存しておらす、煙突だけが残されています。

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「萩反射炉」
萩反射炉は、山口県萩市にある反射炉跡である。煙突部の遺構が現存しており、国の史跡に指定されている。世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつである。Wikipedia

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萩反射炉の駐車場はセブンイレブンと同じ敷地で地続きです。その駐車場から少し登った小高い所に反射炉は鎮座していました。写真左下の建物がセブンイレブン。右下の建物が宝くじ売り場です。

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萩反射炉のある場所は木々に囲まれ静かな公園のように整備されていました。そのすぐ脇に鉄道が敷かれています。

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実用化はされなかったとはいえ、江戸時代末期の人たちが反射炉を作ったというのにちょっと感激しました。


萩寒し維新の道をオートバイ 粋田化石




萩反射炉まで来たので、直ぐ近くにある『松陰神社』に参拝しました。

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萩の観光名所だと思っていた松陰神社は全く混雑して居らす、駐車場もがらがら状態でした。

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丁度到着した団体様の中の一人が私のオートバイを見て「千葉から来られたのですか?」と話しかけてきました。その団体様は岐阜からやって来たのだそうです。

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手水舎で手を洗い松陰神社に参拝しました。

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参道脇にある『松下村塾』は想像していたものよりもずっと小さくて、維新の偉人たちはこんな狭い場所で勉強していたのかと驚いてしまいました。

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参拝後鳥居の傍の食堂に入りました。メニューを見ましたが何だかよくわからないので『松陰うどん』を注文。天かすたっぷりの美味しいうどんでした。

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秋陰に松陰うどん鳥居前 粋田化石



うどんを食べて店の外へ出ると雨が降っていました。雨の中萩の市内を巡るのも億劫なので宿に戻ることに。萩市街から宿のある三隅(みすみ)までは部分開通の山陰道(無料区間)を使えばあっという間です。

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小雨が降る中宿に戻り、『香月泰男美術館』に行きました。

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宿から香月泰男美術館までは徒歩で三分くらいの距離です。こういう言い方をしてはたいへんに失礼なのですが、長門市の片隅に何故こんな美術館が?と思うくらい香月泰男美術館は素敵な美術館です。ここに入館すると「ちがって」という判を押してもらえます。
(金子みすゞ記念館が「みんな」。香月泰男美術館が「ちがって」、くじら資料館が「みんな」、そして村田清風記念館が「いい」。四館全てに入館すると「みんなちがってみんないい」という言葉が完成です。これは、ご存知金子みすゞさんの『わたしと小鳥とすずと』の一節です。)

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粋田化石は絵画には詳しくないのですが、香月泰男の絵は洋画に日本画の技法を取り入れた画風だそうです。また、香月泰男は出兵しシベリア抑留を経験しています。そこでの体験を基に独特の画法で描かれた『シベリア・シリーズ』と名付けられた絵画が有名だそうです。

絵画を鑑賞して脳みそが少しだけ文化的になったところで宿に戻りました。


【 冷まじ すさまじ 】(季秋)
晩秋に秋冷がつのる感覚をいう。「すさまじ」は「 荒すさ ぶ」から出た語で、そもそもはものごとが荒れ衰える意。(角川合本俳句歳時記第四版)

【 秋寒 あきさむ 】 そぞろ寒(ざむ) やや寒(さむ) うそ寒(さむ) (季秋)
秋のうちに感じる寒さ。「そぞろ寒」の「そぞろ」は「漫ろ」と同じで「それとなく」「わけもなく」の意。「やや寒」の「やや」は「いくらか」「ようやく」の意。うそ寒の「うそ」は「薄」の 転訛てんか か。いずれも秋の半ばすぎから晩秋にかけて次第に募る寒さを思わせる。(角川合本俳句歳時記第四版)

【 肌寒 はださむ 】(季秋)
 羽織るものが欲しいような晩秋の寒さ。肌に直接感じる寒さである。(角川合本俳句歳時記第四版)

【 寒し さむし 】 寒さ 寒気 寒冷 (季冬)
皮膚感覚、あるいは目に見えるもの見えないものを通して、さまざまに感じる寒さをいう。↓朝寒(秋) ・ 夜寒(秋)(角川合本俳句歳時記第四版)

【 秋曇 あきぐもり 】  秋陰(しういん) (季秋)
秋の曇りがちの天候をいう。曇った日が二、三日続くと、気分も暗く沈みがちになる。↓春陰(春)(角川合本俳句歳時記第四版)






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長門路一人旅其の弐 [日記]

10月12日
夜中に目を覚ますと雨の音が聞こえていたので覚悟はしていたけれど、朝になって外を見ると舗装道路が濡れていてがっかり。スマホで萩地方の天気予報を調べると終日雨らしい。

実は今回の旅行で絶対に寄ろうと思っていたのは「金子みすゞ記念館」だけで、あとの行程は天気を見ながら行き当たりばったりで決めるつもりでいました。因みに「金子みすゞ記念館」に行きたかったのは、みすゞさんの詩が載った来年のカレンダーを買いたかったからです。もちろん、みすゞさんと触れ合いたいというのもありましたヨ。

朝食を取りながら考えた結果、先ずは長門市油谷津黄にある『龍宮の潮吹(りゅうぐうのしおふき)』に行ってみることにしました。龍宮の潮吹は、打ち寄せる波が岩に空いた細い穴に当たった際に起きる噴潮現象が見られる場所です。

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朝食後レインコートを着て小雨の中をオートバイで出発です。津黄の海岸に近づくにつれて雨と風が強くなってきました。途中選挙のポスターを発見、長門市は安○晋○氏のお膝元です。


秋霖の長門路一人オートバイ 粋田化石



さて、雨の中オートバイで龍宮の潮吹に来たものの潮は殆ど吹き上がりません。

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潮を吹かない龍宮の潮吹

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笠の代わりに被っている帽子が風に飛ばされそうになるのを押さえながら見ること約二十分。一回だけ僅かに吹き上がるのを見ることが出来ました。三年前に強風波浪警報が出されている中で見物した際にはもう少し潮吹が見られたので、波の荒い日に来た方が良いのかもしれません。

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今回は参拝しませんでしたが、龍宮の潮吹のすぐ隣には『元乃隅稲成神社』があります(元乃隅稲成神社の写真は三年前に撮影したものです)。ここは稲荷ではなく稲成だそうです。また、「日本一高いところに賽銭箱がある」として有名な神社で、赤い鳥居の上方、地上六メートルの位置に賽銭箱があります。

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雨が強くなってきたので雨宿りを兼ねて長門市仙崎のーサイド・スクエに土産を買いに行きました。ここは広い駐車場と観光船乗り場、地元の特産品や土産物を売る店と飲食店が数件入った建物があった場所でした、三年前に訪れた時には。行ってみてビックリ。現在は10月7日に部分オープンしたばかの「センザキッチン」という名称に変わっていました。以前にあった土産物店と飲食店が入っていた建物は現在解体中で、新しい建物の内外はいかにも道の駅風、その中は客でごった返していました。自分への土産は「大吟醸みすゞ」です。

108_10月12日宿にて戯れ事 (5).JPG


買い物を終え店の外に出ました。あれ、何か足りない。シーサイドスクエアの時代に敷地内にあった詩人金子みすゞさんの「大漁」の詩碑と彼女の胸像、
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作詞家大津あきら氏の詩碑、
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さらに引揚記念碑がなくなっていました。
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大津あきら氏は仙崎出身の作詞家で、仙崎の数か所に彼の詩碑がありました。また、仙崎の港は水深が深い自然の良港であったために敗戦直後に引き揚げ船発着の港として使われました。因みに粋田化石の母も中国から引き揚げてきた際に仙崎に上陸しました。仙崎の人たちが“金子みすゞ”“大津あきら”“引揚の歴史”を蔑ろにするとは思えませんので、センザキッチンのグランドオープンの日にはきっとそれらが還ってきていると信じたいです。

雨が弱くなる気配がないので、『金子みすゞ記念館』に行きました。

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ここは入り口がみすゞさんの生家(本屋)を再現してあって、奥が記念館になっています(写真は以前に撮影したものです)。『香月泰男記念館』、『くじら資料館』、『村田清風記念館』との四館共通券を購入して入館しました。金子みすゞ記念館に入館すると「みんな」という判を押してもらえます。

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入り口にある生家は当時の家を忠実に再現してあるそうで、二階にはみすゞさんの部屋もあります。何回も訪れている場所なのですが、かなり時間をかけてじっくりと見学しました。帰りがけには来年のみすゞカレンダーと一筆箋を購入。


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金子みすゞ記念館にオートバイを置いたまま、帽子を笠代わりにして徒歩でみすゞさんの墓がある遍照寺(へんじょうじ)へ向かいました。少し歩くと以前には無かった小さな公園のように整備された一角があり、そこにはまだ新しいみすゞさんの全身のブロンズ像が置いてありました。

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ブロンズ像の周りにはたくさんの種類の花が植えられており、私が訪れた時には雨の中でもみすゞさんは金木犀の良い香りに包まれていました。

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台座の文字は安倍晋三氏のものだそうです。

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木犀もみすゞも屋根も雨の中 粋田化石




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続いて遍照寺です。ここにはみすゞさんの墓の他「こころ」の詩碑があります。

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また、立派な銀杏の木があり、私はこの木を見るたびにみすゞさんの詩が頭に浮かびます。
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「大きな文字」 金子みすゞ

お寺のいちょうの
大筆で
誰か、大文字
かかないか。

東のお空
いっぱいに、
「コドモノクニ」と
書かないか。

いまに出てくる
お月さん、
びっくり、しゃっくり
させないか。

(金子みすゞ童謡全集2 美しい町・下 JULA出版局)

という詩です。


穂先だけ銀杏黄葉の黄色かな 粋田化石



みすゞさんの墓に手を合わせた後、雨の中を青海島(おうみじま)の通(かよい)にある『くじら資料館』に向かいました。青海島へは仙崎の北の端から青海大橋で渡ることが出来ます。

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くじら資料館では、古式捕鯨と通の漁民たちの歴史を学び、捕鯨に使用した道具を歴史的資料として見ることが出来ます。ここに入館すると「みんな」という判を押してもらえます。

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青海島の東端にある通では江戸時代から捕鯨が行われていました。沿岸近くを回遊する鯨を一定の網代に追い込み、苧網で囲んで銛で突きとる「網取捕鯨」が行われていたのだそうです。明治時代になり鯨も来なくなり、捕鯨は遠洋に出かけていく近代捕鯨に変わっていきました(写真は3年前に撮影したものです)。

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また、くじら資料館の裏手にある清月庵には『鯨墓』があります。捕獲された母鯨を解体した時に出た胎子を村人が手厚く弔ったもので、七十二頭が眠っています。(写真は三年前に撮影したものです)

再び青海大橋を渡り仙崎を経由して、宿の近く長門市三隅にある『村田清風記念館』に行きました。ここに入館すると「いい」という判を押してもらえます。
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村田清風記念館には「村田清風」コーナーと「周布政正之助」コーナーがあって、二人の業績と生涯を学ぶことが出来ます

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村田清風(むらたせふう)は五人の藩主に仕えましたが、特に毛利敬親に抜擢されて負債「八万貫」の大敵退治をモットーに産業の振興と財政整理を断行するとともに、文武の奨励に尽くし維新回転の礎を築きました。また、周布政正之助(すふまさのすけ)は激動の幕末に村田清風の跡を継ぎ、革新的政治家として藩内外の志士を指導し、安政以後の難局に対処しましたが、蛤御門の変後責任を痛感し志なかばにして自刃しました。

村田清風記念館を出ると午後三時を回っていたので宿に戻りました。

続く

【 秋の雨 あきのあめ 】  秋雨(あきさめ)  秋霖(しうりん)  秋黴雨(あきついり) (季秋)
秋といえば秋晴れを連想するが、雨の多い季節でもある。秋の雨は、古くからもの寂しいものとして詠まれてきた。「秋霖」「秋黴雨」は梅雨時のように降り続く秋の長雨のこと。(角川合本俳句歳時記第四版)

【 木犀 もくせい 】  金木犀(きんもくせい) ( 銀木犀ぎんもくせい) (季秋) 
中国原産のモクセイ科の常緑小高木で、仲秋のころ 葉腋ようえき に香りの高い小花を多数つける。橙色の花を開くのが金木犀、白いものは銀木犀という。高さ三~六メートル、時には一〇メートルに達する。枝が多く、葉が密に茂る。(角川合本俳句歳時記第四版)

【 銀杏黄葉 いちやうもみぢ 】(季秋)
銀杏は中国原産のイチョウ科の落葉高木で晩秋鮮やかに黄葉する。高いものは三〇メートルに及び、巨木となることもまれではなく、金色に黄葉したさまは荘厳でさえある。「銀杏」には慣用的に「いてふ」の仮名が使われている。(角川合本俳句歳時記第四版)






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秋の長門路ツーリング其の壱 [日記]

夏休みをいまだに消化していませんでした。そこで、宿だけ予約して山口県長門市三隅(みすみ)にある湯免温泉に10月11日から三泊四日のオートバイツーリングに出かけました。
湯免温泉には地元出身の画家“香月泰男”の美術館があります。以前にそこを訪ねた時に気づき、いつかは泊まってみようと思っていた温泉です。
予定走行コースは
千葉県首都高速東名高速道路新東名高速道路伊勢湾岸自動車道東名阪自動車道新名神高速道路名神高速道路中国自動車道山陽自動車道中国自動車道美祢東(みねひがし)から一般道湯免温泉 です。
10月11日
カーナビで検索してみると目的地までは1,049㎞。予想所要時間は14時間以上となっていました。夕方早めに宿に入りたかったので、午前二時に出発です。

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新東名高速道路駿河湾沼津SA


この時間に出発すれば大阪までは渋滞は無いだろうと思ってバイクを走らせていると、東名高速道路が午前三時半から渋滞です。実は、私が知らなかっただけで名高速道路は夜間集中工事を実施中でした。その他は東名阪自動車道の四日市鈴鹿間が火事のための渋滞、中国自動車道の大阪吹田から先が自然渋滞でした。

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伊勢湾岸自動車道刈谷ハイウェイオアシス

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山陽自動車道三木SA

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山陽自動車道小谷SA


それでも警察の人に見つからないように飛ばせるところは飛ばしたので午後三時半に湯免温泉の宿に到着です。走行距離は1,073㎞。所要時間は13時間半でした。

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宿に到着



オートバイ走る分だけ身に入みて 粋田化石




湯免温泉からは、秋吉台も萩も金子みすずの出身地仙崎もバイクに乗れば三十分以内に行ける場所にあります。しかし、この日は宿に行くだけで精一杯。温泉に浸かって寛ぎました。


松陰もみすゞも見ずに河豚を喰う 粋田化石



夕食が格別に美味しかったです。この日は、ふぐ刺し、ふぐ飯、アワビのしゃぶしゃぶが出てきました。たいへんに美味しゅうございました。

食事の後は何もせずに一時間後には眠ってしまいましたとさ。

続く

【 河豚 ふぐ 】 ふぐと ふく (季冬)
フグ科とその近縁種の総称。体が長くてやや側扁、口は小さく、危険を感じると腹を 毬まり のようにふくらませて 威嚇いかく する種類が多い。虎河豚が最も美味とされ、刺身・ちり・汁にして食べたり、鰭を酒に浸して飲むなどするが、「河豚は食いたし命は惜しし」というように、多くの種は 肝きも や卵巣に毒がある。↓河豚汁 ・ 鰭酒 (角川合本俳句歳時記第四版)

【 身に入む みにしむ 】 (季秋)
「身に入む」はもともと体に深くしみ入るように感じることで、感覚的な響きが強い語である。秋のもののあわれや秋冷がしみじみと感じられることをいう。(角川合本俳句歳時記第四版)






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つなこさんから句が届きました10月9日 [俳句]

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テレビ越し事件現場の金木犀 つなこ



事件現場で咲いている金木犀の花をテレビで見たつなこさんでした。残念ながら悲しい事件だったそうです。そういう目で見ると悲しい句ですね。



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ひょっとして父の忌日や金木犀 粋田化石



昭和三十三年三月三十一日を境に日本から赤線(赤線区域のこと)が消えました。売春防止法なる決まりのためです。五代目の三遊亭圓樂師匠は「親の命日を忘れてもこの日は忘れない。」と生前高座で話しておられました。そうです、親の命日はきっと忘れるものなのです。


あかせん‐くいき【赤線区域】‐クヰキ
売春を目的とする特殊飲食店街。警察などの地図にその地域が赤線で示されていた。昭和21年(1946)公娼(こうしょう)制度が廃止された時、特例措置として地域を限って置かれたが、昭和33年(1958)廃止。赤線地帯。→青線区域 (大辞泉第二版)








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つなこさんから句が届きました10月5日 [俳句]

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月明りベンチの二人は気づかない つなこ



中秋の名月にも気が付かないベンチの二人。
良いですね~。もしかしたら粋田化石にもこんな時代があったのかもしれません。



なんと詠む季節外れの花の秋 つなこ




単純に季節外れに咲いている花の名前が読めない。
季節外れに咲いている花を句に詠みたいけれど、何と詠んだらよいのだろうか。
二つの解釈ができる面白い句です。



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戸口より木犀の香の訪ね来ぬ 粋田化石




気が付いたら金木犀が咲いていました。

【 木犀 もくせい 】  金木犀(きんもくせい)  銀木犀(ぎんもくせい) (季秋)
中国原産のモクセイ科の常緑小高木で、仲秋のころ 葉腋ようえき に香りの高い小花を多数つける。橙色の花を開くのが金木犀、白いものは銀木犀という。高さ三~六メートル、時には一〇メートルに達する。枝が多く、葉が密に茂る。(角川合本俳句歳時記第四版)


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今日の月 [俳句]

午前中雲に覆われていた千葉県東部地方も午後には陽がさしてきました。そうして、夜には雲間から名月を眺めることが出来ました。

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友が写した名月



名月や写メは行き交う五百キロ 粋田化石



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五百キロ離れし友や同じ月 粋田化石



スマホで撮影した名月の写真を友に送ったところ、直ぐに友からも名月の写真が送られてきました。友は双眼鏡越しにモバイルで撮影したので、私のよりも丸く大きな月が写っていました。直線で五百キロメートル以上離れている友と同じ時刻に同じものを見て、それを写真で確認するという体験をした不思議な夜でした。


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意気地なし少し離れて君と月 粋田化石



宵の口にとても美人の女性と二人で今日の月を眺めました。こんな時イタリア人なら「お嬢さん、今夜の月だって君の美しさの前では霞んで見えるぜ。」と言いながら肩ぐらい抱くのでしょうか。



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名月や猫は西向き顔洗う 粋田化石



月を眺めていた時にふと足元に目をやると、白猫が月とは反対を向いて顔を洗っていました。



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名月や赤色灯を遣り過ごし 粋田化石



救急自動車を遣り過ごす時に名月を眺めました。



【 名月 めいげつ 】  明月(めいげつ)  望月(もちづき) 満月 今日の月  月今宵(つきこよひ) 三五の月 十五夜 芋名月 (季秋)
旧暦八月十五日の月である。一年中でこの月が最も澄んで美しいとされる。秋草や虫の音、夜露や秋風など、風物のたたずまいが一層月を明澄にする。 穂芒ほすすき を挿し、月見団子や新芋などその年の初物を供えて月をまつるのは、収穫を祈る農耕儀礼の遺風である。↓良夜 (角川合本俳句歳時記第四版)






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最終楽章 [俳句]

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朝晩はすっかり涼しくなりました。秋の蟲たちの声を聞くことができる日も残りわずかです。そう、蟲たちの奏でる交響曲もそろそろ最終楽章ですね。
その中でも、粋田化石は轡蟲(くつわむし)の鳴き声がどうも気になって仕様がありません。九月二十日にもここで書きましたが、あの「ガチャガチャガチャ」が秋の蟲らしからぬ声だからです。


轡蟲ソロでファンクなアンコール 粋田化石



轡蟲が私のアンコールの声に答えて、ファンクな曲をソロで演奏してくれました。


【 轡虫 くつわむし 】 がちやがちや (季秋)
キリギリス科の昆虫で、ガチャガチャと騒がしく鳴く音が轡の鳴る音に似ているので、この名がある。黄褐色または緑色で大きく、体より長い糸状の触角を持ち、脚が長いので跳躍に適している。(角川合本俳句歳時記第四版)

アンコール【encore】
[名](スル)
[1] 演奏者や歌手が予定のとおり終了し退場したあと、聴衆が拍手や掛け声で再演を望むこと。また、それにこたえて行う演奏や歌。
[2] 再放送や再上演。「―アワー」
◆ 語源はフランス語で、再び、もう一度、の意。(大辞泉第二版)

ファンク【funk】
1950年代後半、黒人のジャズ音楽家たちが、黒人霊歌やアフリカの民俗音楽の要素を取り入れて起こしたジャズのスタイル。素朴で野性味のあるリズム、哀感の強いブルースなどに特徴がある。のち、ロックなどにも浸透した。(大辞泉第二版)







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