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つなこさんから俳句が届きました 9月30日 [俳句]

数日前につなこさんから雨蛙の句が届いていました。


雨蛙藍 (1).JPG雨蛙藍 (2).JPG


雨蛙友だち来たよと子らに告ぐ つなこ


雨蛙藍 (3).JPG雨蛙藍 (4).JPG


いつも来る友だちみたいな雨蛙 つなこ


こういう優しい感性の句にはとホッとしますね。
粋田化石の句と川柳ばかりだとこのブログも愛想の無いものになりがちです。


下の写真は我が家の電燈に集まる虫を食べに来ている雨蛙です。
嫌いな方には理解できないかもしれませんが、雨蛙の眼は金色をしていて非常に美しいです。

雨蛙茶 (3).JPG



雨蛙金の眼出たり入ったり 粋田化石


雨蛙茶 (2).JPG雨蛙茶 (1).JPG






青は藍より出でて藍より青し [エッセー]

もう、随分以前のことですが、こんな私でも若者の教育係りを仰せつかったことがあります。仕事が終わるとその若者が一日の仕事や出来事の内容をまとめ、それに意見や感想を添えて私に提出してきます。私はといえば提出された文章に目を通し、やはり意見や感想を添えて若者に返していました。その際ただ返すのもつまらないので、必ず内容に合った四文字熟語を文末に書いていました。
臥薪嘗胆・付和雷同・日進月歩・焼肉定食というようにです。
そんな日も過ぎていよいよ教育係最後の日、その日は四文字熟語ではなく以下の言葉を添えました。

青は藍より出でて藍より青し

《「荀子」勧学から》青色の染料は草の藍からとるが、それはもとの藍草よりももっと青い。 弟子が師よりもすぐれていることのたとえ。 出藍(しゅつらん)の誉れ。【大辞泉】

今夜、何故こんなことを書いているのかと申しますと
九月二十一日投稿の「スマホのカメラ」に登場した温州ミカンの木を見てたときのことです。まだ青々としている実の一つに雨蛙が掴っていました。

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雨蛙と言えば黄緑色ですが、その雨蛙の背中は青に近い緑色(青藍というのでしょうか)に見えました。こうして写真で見るとただの黄緑色の雨蛙ですが、その時には確かに青みを帯びた緑色に見えたのです。

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日本でこの蛙ほど青が似合う蛙もいないもんだ。もしかしたらこの蛙は青色から生まれて来たのではないか、うんうん。そんなくだらないことを考えているうちに、先ほどの言葉

青は藍より出でて藍より青し

を思い出したというわけです。

青き実の青より青し青蛙 粋田化石



【雨蛙(あまがへる)】 枝蛙(えだかはづ) 青蛙(あをがへる) 夏蛙(なつがへる)
アマガエル科の一種で、体長四センチぐらい。木の葉や草の上に棲(す)み、夕立の前などにキャクキャクキャクと鳴く。目の後ろに黒線がある。体の色は葉の上では緑色であるが、木の幹や地上に移るとたちまち茶色に変わる。保護色の好例である。枝の上にとまることができるので枝蛙ともいう。
→ 蛙(春)


葛城の雲のうながす雨蛙  水原秋櫻子

雨蛙飲まず食はずの顔をして  右城暮石

やや高き枝に移りぬ雨蛙  長谷川櫂

青蛙喉の白さを鳴きにけり  松根東洋城

青蛙おのれもペンキぬりたてか  芥川龍之介

青蛙ぱつちり金の瞼かな  川端茅舎

[角川 合本俳句歳時記 第四版]






一人でも文殊お馬鹿の代名詞 [川柳]

文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の目に涙

政府は高速増殖原型炉「もんじゅ」について、「廃炉を含めて抜本的な見直しをする。」らしいです。廃炉といっても、たった三十年の期間と三千億円の費用しか掛りません。
東京新聞の調査では、「もんじゅ」には、未だ十二兆二千二百七十七億円しか使われておらず、さらに施設の維持・管理・運営費として年間たったの一千六百億円しか掛らないそうです。
もし「もんじゅ」がなくなっても、政府は核燃サイクルを維持して「もんじゅ」に代わる新たなものの開発や、実験炉「常陽」の再稼働を検討するらしいです。原子力ファンの皆様はどうかご安心ください。

肌寒や馬鹿の例えになる文殊 粋田化石

文殊菩薩2.jpg

《「文殊」は、梵Mañjuśrīの音写「文殊師利」の略。妙吉祥・妙徳と訳す》智慧を象徴する菩薩。普賢(ふげん)菩薩とともに釈迦如来の脇侍。僧形・童子形で、宝冠を頂く姿などに表され、独尊としては、獅子(しし)に乗り、剣を持ち、眷属(けんぞく)を従える。般若経典との関係が深い。【大辞泉】

【肌寒はださむ】(季秋)
羽織るものが欲しいような晩秋の寒さ。肌に直接感じる寒さである。
[角川 合本俳句歳時記 第四版]


画像はフリー素材です






ケータイがあれば大丈夫? [エッセー]

本日も台風一過にはなりませんでした。

さて、昨晩は台風が近付く中を国際都市成田まで電車を乗り継いで行ってきました。

ケータイ.png


成田に向かう電車は横殴りの雨の中を進んでいきます。
車内の若者たちの多くは項垂れたようにしてスマホに夢中。
彼らには、現在乗っている電車の外の様子が気にならないようにも見えます。

そこで、私の勝手な想像から以下のような句を詠ませていただきました。


ケータイや空を見ずして知る野分 粋田化石

その若者たちが本当にそうなのかは分かりません。

画像はフリー素材です






スマホのカメラ [日記]

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枝掴む青き実揺らし野分かな 粋田化石


この写真、被写体は温州蜜柑です
20日の午後、台風の影響で風と雨が強くなり始めたころにスマホのカメラで写しました。
スマホのカメラは実に高性能です。きっと誰が写しても綺麗に写るのでしょう。
台風の写真を撮ろうとしているのに、風で大きく揺れている枝は止まっているように写っているし、どんよりと暗い空の下で写した蜜柑の実は明るく写っています。動いている被写体の割には焦点だって、そこそこ合っています。
実際のところスマホのカメラは性能が良いのでしょうか、悪いのでしょうか。


そういえば、今年は台風がたくさん来ましたが台風一過が無いですね。

【野分(のわき)】
秋の暴風のことで、野の草を吹き分けるほどの風の意。特に二百十日・二百二十日前後には猛烈な暴風が襲ってくることが多い。野分のあとは、草がなぎ倒されたり庭にものが飛び散ったりと荒々しい景を呈するが、古来それもまた風情あるものとして受けとめてきた。夜のうちに野分が去ったときなど、ことさら朝の晴ればれとした気分を感じさせる。
[角川 合本俳句歳時記 第四版]







九月十九日は子規忌・糸瓜忌・獺祭忌 [俳句]

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九月十九日は、子規(しき)忌・糸瓜(へちま)忌・獺祭(だっさい)忌(新暦に換算すると今年は十月十九日)です。

糸瓜咲て痰のつまりし仏かな 正岡子規

痰一斗糸瓜の水も間に合わず 正岡子規

をとヽひのへちまの水も取らざりき 正岡子規

正岡子規は死期が迫る中、明治三十五年九月十八日に辞世の句を三句残し、翌十九日に没しました。
その三句はいずれも糸瓜(へちま)の句です。
糸瓜から取れる糸瓜水は、痰(たん)や咳の薬として用いられていましたので、結核を病んでいた子規にとって糸瓜は大変馴染みの深い植物であったわけです。
糸瓜水は、特に十五夜の夜に取れるものが良いと信じられていたそうです。

をとヽひのへちまの水も取らざりき

この句を詠んだ二日前、つまり一昨日の九月十六日が十五夜だったのですね。
畏れ多いのでこれ以上の句の解説はしませんが、いずれも死の恐怖については伝わってこない句です。


雨もまた承知の夜や獺祭忌 粋田化石


【子規忌(しきき)】 糸瓜忌(へちまき) 獺祭忌(だつさいき)
【九月十九日。新聞記者・俳人・歌人・随筆評論家として活躍した、正岡子規(一八六七~一九〇二)の忌日。本名常規(つねのり)、幼名升(のぼる)。愛媛県の松山中学で学んだ後、上京。『獺祭書屋俳話』で俳句の独立を説き、俳句革新に着手、長い病床生活から「墨汁一滴」「病牀(びようしよう)六尺(ろくしやく)」などの主要な作品が生まれた。明治三十五年、東京根岸で没。墓は東京田端(たばた)の大竜寺にある。俳句はもとより短歌に関しても革新的偉業を残した。
[角川 合本俳句歳時記 第四版]


獺祭忌(だっさいき)
《子規が獺祭書屋(だっさいしょおく)主人と号したところから》正岡子規の忌日。9月19日。《季 秋》「うち晴れし淋しさみずや―/万太郎」【大辞泉】

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芭蕉記念館 [日記]

いつかは行ってみよう、そう思いながら行かない場所。行こうと思えば行けるのに行かない場所というのが幾つかあります。
今回紹介する『江東区芭蕉記念館』もその一つでしたが、重い腰を上げて行ってきました。また、芭蕉記念館について色々と検索するうちに芭蕉稲荷神社があることを知り、そこへも行きました。


江東区芭蕉記念館へは電車・バスを乗り継いで行くより、少し離れた深川江戸資料館までオートバイで行き、そこから徒歩が便利ということが判明しました。


深川江戸資料館まではオートバイで無事に到着。

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「深川江戸資料館」「芭蕉記念館」「中川船番所資料館」三館共通入館券


中川船番所資料館というのは、江戸に入ってくる船出て行く船を見張っていた番所の跡地に建つ資料館です。現在の江東区大島、小名木川と中川が合流する場所にあります。
江戸時代輸送の主力は水運で、深川は掘割が多く水運の街として栄えていたようです。

松尾芭蕉 (1).JPG


深川江戸資料館は深川に所縁のものを展示解説してある他に、館内に江戸の町並みを再現してあります。落語大好き、頭の中が江戸時代の粋田化石にはとても楽しい場所です。

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楽しい場所なのですが、長くなりそうなので深川江戸資料館についてはまた後ほど紹介します。

深川江戸資料館を出た後、清澄庭園を左に見ながら清洲橋通りを横切ると直ぐに小名木川に架かる橋があります。

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橋からは東京スカイツリーが見えました


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写真の奥(東側)水門の向うが隅田川です


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橋の袂には二代目中村芝翫宅跡がありました。八代目芝翫を襲名する橋之助さんが違うことでちょっと話題になっている最中だったので、写真に収めてきました。
橋を渡り二つ目の通りを左(西)に入りしばらく歩きます。突き当りまで行き左(南)に数十メートル行った場所に芭蕉稲荷大明神はありました。

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グーグルで写真を確認していましたが、実際に行って見ると想像していたよりも小さな稲荷神社でした。

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鳥居額には「芭蕉稲荷神社 芭蕉庵史跡」と書かれています。

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向かって祠の右横、石碑の前に小さな蛙が鎮座しています


大正6年(1917年)の高潮の後、もともとあった稲荷神社付近から「芭蕉遺愛の石の蛙」(伝)が出土し、この地を芭蕉庵跡と推定し地元では祠に石蛙を置き芭蕉稲荷として祀っているそうです。
出土した「芭蕉遺愛の石の蛙」は芭蕉記念館に展示してあります。
早速参拝です。
「俳句が上手になりますよう宜しくお願いいたします。」と拝みました。


拝すれば身に入む芭蕉稲荷かな 粋田化石



【身に入む】(季秋)
「身に入む」はもともと体に深くしみ入るように感じることで、感覚的な響きが強い語である。秋のもののあわれや秋冷がしみじみと感じられることをいう。
[角川 合本俳句歳時記 第四版]

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阿吽一対のお狐様はどちらも耳を欠いていました。
長い年月の間に欠けてしまったのでしょうか、博打打ちが欠いて持って行ってしまったのでしょうか。


耳欠けし狐の座る稲荷かな 粋田化石



【狐】(季冬)
狐はイヌ科の哺乳類で、本州・四国・九州には本土狐が棲息する。体色は赤褐色あるいは黄褐色で、いわゆる狐色をしている。尾は太くて長く、口はとがっている。普通、地面に穴を掘り生活する。夜行性で、野兎・野鼠・鳥・果実などを食べる。怜悧(れいり)で、注意深く巧みに獲物を襲い、天敵を避ける。十二月下旬から一月ごろに交尾し、四月ごろ三~五頭の子を産む。北海道には北狐が棲息する。「きつ」は狐の古名で「ね」は美称ともいわれる。
[角川 合本俳句歳時記 第四版]


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小さな境内には石碑が幾つか建っています。

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そう思って読まないと読めませんが「ふる池や蛙飛びこむ水の音」の碑もありました。


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芭蕉稲荷から北へ少し歩くと芭蕉記念館があります。とうとうやって来ました。建物の横にある小さな木戸が記念館入り口です。

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一階には小さな庭園があり、それとなく俳句の札が掛かっていました。

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建物の二階と三階が展示室です。
芭蕉の作品、その作風の変化、出来事を年譜通りに並べて解説してありました。
また、芭蕉所縁の人物の書画、短歌、俳句も展示してありました。

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芭蕉記念館を裏手に抜けると直ぐに隅田川の堤防です。

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川沿いには芭蕉の句碑が沢山ありました


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奥に見えているのが清洲橋です


堤防伝いに川下(南)へ少し歩くと「江東区芭蕉庵史跡展望庭園」があります。
場所は隅田川と小名木川が合流する丁度角に当たります。

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此処にも小さな木戸がありました。

石段を登ると、俳聖松尾芭蕉翁の像が隅田川の方(西)を向いて鎮座しておられました。

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長雨の合間で湿度の高い曇った日でしたが、川の傍ということもあって風は少し冷やか。俳聖の像も冷やりと感じました。

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川見詰む金属の俳聖風に冷ゆ 粋田化石


金属(かね)
【冷やか】冷ゆ 秋冷(季秋)
秋になって肌に覚える冷気である。
→ 冷たし(冬)
[角川 合本俳句歳時記 第四版]


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展望庭園というだけあって、なかなかの景色の場所です。夜にはライト・アップもされるようです。後から気付いたのですが、芭蕉翁の像は、先ほど紹介した芭蕉稲荷大明神から数十メートル西へ行った場所にありました。

再び十五分ほど歩いて、オートバイを停めてある深川江戸資料館に戻りました。

時は既に午後、空腹です。
深川丼を喰って帰ろうと思いきや、お目当ての深川飯屋には店の外まで行列ができていました。

深川丼.JPG

この日は喰えなかった深川丼


並ぶのは嫌でしたのでオートバイに乗り帰路につき、途中パーキングエリアで
蕎麦を喰って帰りました。
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充実した日を過ごせました。
芭蕉稲荷大明神にも参拝できたし、重い腰を上げて本当に良かったです。
次はついでに参拝するのではなく、芭蕉稲荷神社に直接出かけて参拝しましょう。

「どうか俳句が上手になりますように。」




名月 [俳句]

千葉県では雲の間から名月を愛でることが出来ました。

今日の月 (2).JPG


今日の月硬き団子と愛でるなり 粋田化石


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「月見団子を上新粉で拵(こしら)えたら硬くなってしまった。」とカミさん。
粋田化石は団子よりも望遠レンズが欲しいと思った名月の夜でした。

【名月】明月 望月 満月 今日の月 月今宵 三五の月 十五夜 芋名月(季秋)
[角川 合本俳句歳時記 第四版]







兼題「胡麻」 [俳句]

兼題「胡麻」
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俳句の街まつやま 『俳句ポスト365』の兼題「胡麻」で並を頂きました。

煎り胡麻をつぶす母の手子供の手 粋田化石


実は、この句はインチキです。
子供の頃の母との思い出を現在に置き換えて句にしてあります。
母が擂り鉢(すりばち)の使い方、擂り粉木(すりこぎ)の握り方を教えてくれたのを思い出します。

胡麻 (2).jpg


此の所俳句がうまく出来ません。
兼題“胡麻”は締め切りぎりぎりに六句投稿しましたが、入選しなかった残りの五句は見せられたものではありません。
次に発表になる兼題「秋薊」も締め切り間際まで粘って投稿した割には駄句ばかりです。
そこで、この現状を打破するための第一弾として、東京都江東区深川にある芭蕉稲荷大明神に参拝に行ってきました。

その報告はまた後ほどいたします。


胡麻(ごま)
ゴマ科の一年草。高さ約1メートル。茎や葉に軟毛があり、葉は長楕円形。夏、淡紫色を帯びた白色の鐘状の花をつける。果実は円柱状で、中に多数の種子をもつ。エジプトの原産といわれ、黒ゴマ・白ゴマ・金ゴマなどの品種がある。油をとり、また食用にする。うごま。《季 実=秋 花=夏》「人遠く―にかけたる野良着かな/蛇笏」
【大辞泉】

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一日中映画を見る [日記]

 先日、雨が降ったり止んだりする中、自動車でシネマ・コンプレックス(cinema complex)に行き映画を見てきました。そして、以前から一度やってみたかった『一日中映画を見る』というのをやって来ました。

9:00~11:15
「スーサイド・スクワッド」

11:25~13:30
「ミュータント・ニンジャ・タートルズ:影」

13:45~15:50
「ゴースト・バスタース」
の三作品を鑑賞。

 シネマ・コンプレックスだからこそ可能な技ですね。映画では本編上映前に十分間ほど予告編が上映されます。したがって、全く同じ予告編と、頭部がカメラになった人が登場するノー・モア映画泥棒の映像も三回鑑賞してきました。

 もう一本、17:15~の「ルドルフとイッパイアッテナ」も見たかったのですが、時間が合わなかったのと、さすがに目が疲れたので止めました。

映画 (1).jpg


 見終わってから気付いたのですが、今回見た三作品と先日見た「シン・ゴジラ」は、その内容が街を破壊する邪悪なものに誰かが立ち向かうというものでした。現在の私の精神状態は一体全体どうなっているのでしょうか。
 実は、粋田化石はSF映画も好きですが、淡々と物語が進行して行くフランス映画が大好きなのです。しかし、そういった上質なフランス映画は日本ではなかなか公開されないか、されても東京の劇場での単館上映だったりします。残念・・・

 さて、映画を見終わって劇場の外に出ると小ぬか雨。
 このシネコンはアメリカ映画に出て来るショッピング・モールの様な景色の中にあるので、雨に濡れる景色がまるで映画のシーンの様でした。


映画館外もキネマの秋の雨 粋田化石


同じような句をもう一句
秋雨や映画のような午後の街 粋田化石



画僧はフリー素材です。